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最高裁判所第三小法廷 昭和56年(オ)184号 判決

上告人

佐藤忠治

右訴訟代理人

柴田久雄

被上告人

鍛治屋布新城土地改良事業共同施行

右代表者

阿部正一

右訴訟代理人

阿部正一

主文

被上告人の本訴請求中被上告人が上告人に対し被上告人施行の土地改良事業に係る昭和四六年三月一四日の換地計画についての同意並びに債務不履行に基づく損害八八万六〇〇〇円及びこれに対する昭和五一年二月一七日から支払ずみまで年五分の割合による金員の支払を求める請求を認容した部分につき、原判決を破棄し、第一審判決を取り消す。

右部分につき被上告人の請求を棄却する。

訴訟の総費用は被上告人の負担とする。

理由

上告代理人柴田久雄の上告理由第一点について

本件記録によれば、所論の点に関する被上告人の主張は、(一) 被上告人は、上告人外六五名をもつて組織している土地改良法に基づき設立した任意組合であつて、昭和四三年九月二五日同法に基づく公告をし、昭和四四年三月一八日秋田県知事の認可を得たものである、(二) 被上告人は、組合設立の趣旨に従い土地改良工事を施行したうえ、昭和四四年五月一五日仮換地を指定し、上告人に対しては第一審判決添付別紙(1)のとおりの配分をした、(三) 昭和四六年三月六日右改良事業の工事が全部完成し、総会において上告人を除く六五名の組合員から換地計画の同意承認を得たが、上告人がこれに同意しないため、換地計画に基づく登記手続等が不可能な状態にある、(四) 被上告人は、上告人の換地計画に同意しないという右債務不履行により合計八八万六〇〇〇円の損害を被つた、(五)によつて、被上告人は、上告人に対し、本件換地計画についての同意に代わる裁判並びに右債務不履行に基づく損害八八万六〇〇〇円及びこれに対する昭和五一年二月一七日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める、というのである。

これに対し、原審は、数人が共同して行なう土地改良事業においては、一定の場合換地計画について同意を義務づける規定はないが、右土地改良事業の共同施行主体は一種の民法上の組合のような性質を有するものであるから、土地改良事業施行に対する同意等により同意者と共同施行主体又は他の同意者等との間に私法上の契約関係が生じ、右段階で将来換地等がされることが予想される場合には、換地計画に同意しないことにつき合理的な正当事由の存しない限り、これに同意する意思が黙示的に含まれており、組合員は右のような限定的な同意義務を負うものと解するのが相当であるとしたうえ、上告人は、被上告人の事業認可申請に同意したものであり、しかも事業施行に関する段階で既に換地が予定されていることを了知していたものであるから、上告人には、本件換地計画に同意しないことにつき合理的な正当事由の存しない限り、これに同意すべき義務があるとし、かつ、上告人には本件換地計画に同意しないことにつき合理的な正当事由が存しないなどの判断を示し、被上告人の右請求を認容した。

ところで、土地改良法(昭和四七年法律第三七号による改正前のもの。以下「法」という。)五二条三項によれば、土地改良区が行なう土地改良事業につき、その事業の性質上必要があるものとして換地計画を定めるには、その計画に係る土地につき所有権、地上権、永小作権、質権、賃借権、使用貸借による権利又はその他の使用及び収益を目的とする権利を有するすべての者(以下「所有権等の権利を有するすべての者」という。)で組織する会議の議決(同項の者が三分の二以上出席し、その議決権の三分の二以上で決する。)を経なければならないとされているが、法九六条によれば、法三条に規定する資格を有する者数人が共同して法九五条一項の規定により行なう土地改良事業(以下「共同施行の改良事業」という。)につき、その事業の性質上必要があるものとして換地計画を定めるには、所有権等の権利を有するすべての者の同意を得なければならないものとされている。このように、共同施行の改良事業において、換地計画を定めるにつき所有権等の権利を有するすべての者の同意を得なければならないとした法意は、共同施行の改良事業にあつては、施行者の組織する団体が任意団体であり、しかも、その施行に係る土地改良事業が土地改良区を設立するまでもない簡易かつ小規模なものであつて、その公共性も稀薄であるところから、所有権等の権利を有するすべての者の保護を第一義とし、その全員の同意がない限り、換地計画を定めることができないものとしたことにあるというべきであるから、右のような法意に鑑みると、所有権等の権利を有するすべての者は、換地計画の内容、すなわち換地の用途、地積、水利、傾斜、温度その他の自然条件及び利用条件、清算金の明細等諸般の事情を総合して、任意に換地計画に同意するか否かを判断することが許されるものというべきであつて、他に換地計画に対する同意を義務づける実定法上の根拠がない以上、右換地計画に同意すべき法律上の義務を負うことはないものと解するのが相当である。もつとも、法九五条二項、土地改良法施行規則六条、七三条によれば、共同施行の改良事業を行なおうとする場合において、知事に対する土地改良事業の認可を申請するには、土地改良事業に係る計画の概要、すなわち当該土地改良事業の目的、その施行に係る地域の所在及び現況等のほか、当該土地改良事業がその性質上換地計画を定める必要があるものであるときはその換地計画の要領を定め、所有権等の権利を有するすべての者の同意を得なければならないと定められているところ、原審の適法に確定したところによれば、被上告人の施行する土地改良事業では事業施行に関する同意を得る段階で既に換地が予定されており、上告人はこのことを了知して右事業の認可を申請するについて同意したというのであるが、右事業の認可を申請するにあたつて、所有権等の権利を有するすべての者が換地計画によつて将来取得することになる換地の用途、面積、利用条件及び清算金の明細等が明確にされていたという事情は存しないのであるから、上告人が右事業の認可を申請するについて同意したことをもつて、右換地計画に同意する旨の意思が黙示的に含まれていたと解することもできない。

そうすると、これと異なる見解に立つ原審の前記判断には土地改良法の解釈を誤つた違法があるものというべきであり、右の違法は判決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、この点に関する論旨は理由がある。したがつて、その余の上告理由について判断するまでもなく、被上告人の本訴請求中被上告人が上告人に対し被上告人が施行中の土地改良事業に係る昭和四六年三月一四日の換地計画についての同意並びに債務不履行に基づく損害八八万六〇〇〇円及びこれに対する昭和五一年二月一七日から支払ずみまで年五分の割合による金員の支払を求める請求を認容した部分につき、原判決及びこれと同旨の第一審判決は、破棄又は取消を免れず、右部分につき被上告人の請求は棄却すべきものである。

よつて、民訴法四〇八条一号、三九六条、三八六条、九六条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(伊藤正己 横井大三 木戸口久治 安岡満彦)

上告代理人柴田久雄の上告理由

上告理由第一点

原判決は、上告人に対し、被上告人が施行中の土地改良事業に係る昭和四六年三月一四日の換地計画に同意義務を認めたが、右は、判決に影響を及ぼすこと明らかな土地改良法の解釈に誤まりがある。すなわち

一、本訴において、被上告人が上告人ほか六五名の同意をもつて組織し、土地改良法に基づき設立された任意組合であることは、当事者間に争いがないから、被上告人に土地改良法九五条ないし九六条の規定が適用されるこというまでもない。従つて、被上告人の換地計画の決定および許可の手続については、同法九六条によつて、土地改良区につき定められた同法五二条一項ないし五項、八項および九項が準用されるほか、右五項中「第五条二項に掲げる権利を有するすべての者で組織する会議の議決を経なければならない。」とあるのは、「第五条第七項に掲げる権利を有するすべての者の同意を得なければならない。」と、(中略)読み替えるものとする、とされるのである。これらの規定に従えば、被上告人が換地計画を定めるには権利者の一人である上告人の同意を求めなければならないのであつて、その逆に上告人が被上告人の換地計画に同意を与えなければならない義務の発生する余地はない。

二、被上告人のごとく数人が共同して土地改良事業を行う場合、その法律上の性質は、民法上の組合契約であること一点疑う余地がない。従つて土地改良法の前掲の特別規定がなければ、その業務執行は、民法六七〇条によつて組合員の過半数をもつて決せられ、仮りにその決定に同意しない組合員がいてもその組合員がこの決定に拘束されるこというまでもない。しかるに、土地改良法は、数人が共同して行う土地改良事業を組合契約としながら、その業務執行の一つともいうべき換地計画の決定および認可手続については、民法六七〇条の多数決の原理に従うことなく、土地改良法五条七項に掲げる権利を有するすべての者、換言すれば組合員全員の同意を必要とする旨定めている。けだし、土地改良は、同法一条所定の目的に照らし公共性が頗る強い反面、個々の権利者すなわち農家にとつて影響するところ極めて大きいものがあるからにほかならない。

三、本訴は、偶々上告人一名に対して同意を求める請求訴訟である。しかし、もしこれが許されるとするならば、換地計画に同意しない数名あるいは数十名の権利者に対しても同様に許されるとしなければならないであろう。しかし、このような組合執行部の恣意がまかり通ることは、土地改良法の全く予定しないところであつて許される筈がない。しかるに、原判決は、共同施行主体は一種の民法上の組合のような性質を有するものであるから、事業施行に対する同意等により同意者と共同施行主体又は他の同意者等との間に私法上の契約関係が生じ、右段階で将来換地等のなされることが予想される場合には、換地計画に同意しないことにつき合理的な正当事由の存しない限りこれに同意する旨の意思が黙示的に含まれており、それ故右のような限定的な同意義務が生ずるものと解するのが相当であると判示した。しかしながら、原審の右判断は、これまで説明したとおり土地改良法の明文を無視ないし没却するのみならず、事業施行に対する同意が、たとえ限定的にせよ、その段階において権利者にとつて海のものとも山のものとも判らない換地計画に対する同意までも黙示的に包含せしめることは、極めて無理な解釈というほかない。〈以下、省略〉

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